市民と野党をつなぐ三田の会ー虹の会さんだ

市民の力で、野党共闘を実現しよう。

システムチェンジ 脱成長コミュニズムという視点

 バブル崩壊リーマンショックに遭遇して、経済は低迷し所得は一向に増えない境遇に、経済成長がないからだと筆者も単純に信じ込んでいた。しかし、90年代のバブルからはや30年、世の中はどう贔屓目にみても良くなってはいないのではないか。低成長の時代で賃金は上がらない、時給も非正規は1000円前後。ダブルワーク、トリプルワークでひたすら働き生活を支えている。毎日の求人広告の給与や時給で暮らしていけるか。税金や社会保険料(第2の税金)で収入の3割は消えていく。この国の労働者がいかに蔑ろにされているか理解できる。しかし一方で、アベノミクスリフレーション)という何か怪しげな経済・金融政策で株式市場は高値で潤う富裕層がたくさん現れてきた。これは何かおかしい、説明のつかないモヤモヤを常に感じてきた。

コロナ禍で見えた収奪を無限に繰り返す資本主義の限界

 そこに新型コロナウイルスという未知の感染症に人類が見舞われて、自分たちの暮らす社会の脆弱性がはっきり見えてきた。コロナ禍で貧困と格差が拡大し、社会の分断と対立が増した今の社会状況は、新型コロナウイルス感染症だけでは説明できない。正規にあっても低賃金を強いられ、多様な働き方などと体の良い言い方でカモフラージュし非正規、パート、女性労働を雇用の調整弁(休業や雇い止め、解雇)に使っていることが国民の前に可視化された。

f:id:rainbowsanda170422:20210214065515j:plain 始めて聞くエッセシャルワーカーという労働が、コロナ禍にあって社会を維持していく上で必要不可欠なことを多くの国民が理解したのではないか。さらにケア労働という言葉も新たに注目を浴びた。ケア労働はエッセンシャルワーカーと重複する分野も多いが、特に医療・介護・障害福祉・保育などに携わる人々のことを指す。エッセシャルワーカーと同じく労働時間や賃金などその待遇は他の職種と比べ劣るものだ。自公政権や経済界は医療・社会保障の予算をこれまで削減し続けてきた。コロナ禍で奮闘するこれら分野で働く人への補償は不十分で、政府の態度は自助を強いる冷たいものだ。
 国民はこのような不平等な大企業と富裕層にとってのみ有利な社会・経済制度を新自由主義グローバル資本主義という呼ぶことを改めて知ったはずだ。しかし、経済効率優先で利潤追求のために労働や地球資源の収奪を無限に繰り返す資本主義だが、今やその限界は明らかだ。資本主義による環境破壊は、今や人類の危機に直結する地球温暖化というかたちで人類に降りかかっている。にもかかわらず、SDGsグリーンニューディール政策(立ち位置は資本主義延命に過ぎない)など小手先の誤魔化しでやり過ごそうとする。もはや、地球が住めなくなるかも知れない危機段階に至っているのに、エコバッグやレジ袋廃止ではとても間に合わない。

世界の、日本の富の偏在がますます貧困と格差を生む

 世界の億万長者はコロナ禍で人々が苦しむ中でも、加速度的に資産を増やしている。現代の米国では富が上位1%に集中して下位99%は貧困に喘いでいるという。2011年9月に起こった米国の「ウォール街占拠(Occupy Wall Street: OWS)」の反・格差の社会的〝抗議運動〟は有名だ。

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 ビリオネアと言われる大富豪の資産は、膨大な額だ。米国の大富豪の代表は、左よりアマゾンのジェフ・ベゾス(資産20兆円超)、宇宙開発企業スペースX・電気自動車企業テスラのイーロン・マスク(資産19兆円超)フェイスブックザッカーバーグ(資産9兆円超)。余計なお世話だが、1兆円は1年間毎日27.4億円使える計算だ。一生かかっても使える金額ではない。一人の人間が富を支配し、多数が貧困に喘ぐのがグローバル資本主義新自由主義の姿だ。
 米国で資産10億ドル超の億万長者の資産は昨年3月中旬以来、今年1月までに合計で約114兆円の約40%増となった。WHOが新型コロナウイルスの世界的なパンデミックを宣言した1週間後の昨年3月18日以来、今年1月までに資産1000億円を超えて億万長者の仲間入りをした富裕層は46人に上るという。億万長者の総資産は425兆円は、米人口の下位半分、1億6500万人の総資産249兆円の1.7倍ある。米国では2020年後半の半年の間に、仕事を失って800万人以上が貧困に陥った。
 日本も同様だ。驚きの数字が発表された。 日本のビリオネア(10億ドル以上の資産保有者日本円で1049億円※21年2月14日時点)の資産の推移(「フォーブス」より)は 20年3月18日時点で12.2兆円21年2月12日時点で23.7兆円。 コロナで多くの国民が困窮するなか、超富裕層の資産はついに2倍になったこれがグローバル資本主義新自由主義が貧困を生みだす本質だ。

f:id:rainbowsanda170422:20210214093851j:plain大業についても述べておく。日本の大企業と言われるものは全企業数の1%。99%が中小企業だ。年1回の賃上げの春闘も大企業の集まりの〝経団連〟などの財界の圧力団体がリードする。グローバル経済下で競争激化、景気低迷で先が見通せないなどとして、とにかく賃上げを渋る。一方最大の労働組合団体の〝連合〟も闘う姿勢など近年まるでない。申し訳ないが馴れ合いだ。大企業に働く労働者さえ守れればいいと思ってるのでは疑いたくなる。
 左のOECD発表のグラフを見て欲しい。
時間あたりでみた日本人の賃金が過去21年間で8%強減り、先進国中で唯一マイナスとなっていることがわかる。日本の大企業がいかに働く者を犠牲にしているかだ。「働けど賃金低迷」の状況が消費をさらに冷え込ませる悪循環だ。当然、賃金低迷は現役世代の困窮を招く。この現象は一過性ではない。既にあらゆるモノ・サービスが潤沢にある中で、先進国の高い経済成長は今後望めない。それは長期の低金利に現れており、資本主義が限界に来ていることを意味している。
 日本の大企業は不況といいながら最高益を上げ、それを労働者に分配することなく、内部留保として貯め込んでいる。大企業の内部留保」の合計額はなんと2019年度で475兆円
(金融業・保険業を除く)で8年連続で過去最大を更新しかし、内部留保は労働者に分配されることはなかった(元々は労働者が稼ぎ出した利益!)。これほど利益を出しながら法人税優遇は行き過ぎだ。大企業に儲かった分に対して法人税の応分負担求めれば、低所得者ほど苦しい消費税アップなど全く必要かったはずだ。要は政権与党と財界が癒着し、大企業に有利な政策しかしてこなかったツケが労働者に回される。その最たるものが労働者派遣法改正であり、雇用の不安定化と賃金抑制につながる立場の弱い非正規を増大させた。今や待遇や賃金において著しく不利益な非正規は全雇用の4割近くを占めるまでになっている。資本主義はかくも貪欲だ。

地球クライシス!2050年CO2排出ゼロの政権の本気度?

 資本主義の貪欲な無限の利潤追求で、有限である地球に大きな負荷がかかっている。自然破壊や化石燃料使用で膨大なCO2排出で、すでに地球の平均気温は産業革命前より1度上昇している。気候変動は資本主義の限界を世界に突きつけているが、日本の取り組みはどうだろう。日本政府の取り組みは先進的な欧州と比べて消極的だし、日本人の環境意識も高いとはいえないのではないだろうか。日本は2019年に石炭火力の依存度が高いとして、不名誉な化石賞を国際的環境NGO「気候行動ネットワーク」から授与されている。

f:id:rainbowsanda170422:20210220053400j:plain 菅政権は2050年までにCO2排出ゼロを目指す「カーボンニュートラル宣言」を行った。ただ中身が酷い。環境負荷の最大原因の原発は残すは、石炭火力も残すなどその本気度ははなはだ怪しい。相変わらず既得権益固執する〝原発村〟の利益を守るという姿勢は崩さない。
 我々の地元の関西電力原発依存が高い。そんな中、2019年に明るみに出た原発マネーの関電幹部への還流事件を覚えておられるだろうか。当時の関西電力八木誠会長や岩根茂樹社長ら幹部20人が、高浜原発のある福井県高浜町の元助役(故人)から約3億2000万円相当もの金品を受け取っていた。関電が工事等を助役の関連する企業に発注。その見返りに多額の原発マネーが関電幹部に渡っていたものだが、原発マネーに群がる〝原発村〟の醜い構図だ。そのお金は利用者の電気料金だと言うことを忘れてはならない。
 福島原発事故から今年3月でちょうど10年。東電の賠償責任は法律上は時効となる。菅政権は賠償請求権の期間の延長をしなかった。汚染された地域は再生したのか。未だに多くの住民が避難生活を強いられている。これで「カーボンニュートラル」とはお寒い話だ。加えていうなら宣言者である菅義偉は2050年にはまず生きてはいまい。彼らの政治的人気取りの政策は許されない。もはや地球の気候変動への対策は待ったなしだ。今から始めなければ到底、50年にCO2排出実質ゼロは不可能だ。まだ30年もあるなんて呑気なことは言ってられない。

地球温暖化の被害は若い世代が負うという理不尽

 地球の温暖化や環境破壊による被害は、政治家や企業家、富裕層の支配層が直接被害を被るわけではない。支配層は一般的に高齢層だ。そして彼らが現状の世界では決定権者だ。当然、20年30年先より今の利益を最優先する。若者達に取ってみれば、身勝手この上ないことになる。なぜなら環境破壊や地球温暖化の被害は若者が被ることになるからだ。
 スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリさん(当時16歳)は2019年9月23日、ニューヨークで開かれた国連気候行動サミットに出席し、地球温暖化に本気で取り組んでいない大人たちを叱責した。「あなたたちはお金や無限の経済成長というおとぎ話ばかり繰り返している。空約束ばかりで、結局、何も変えていないし、何も諦めようとしていない」と痛烈な批判を浴びせた。ご存知のように彼女はたった1人で15歳だった2018年に、温暖化対策を取らない大人へ抗議するために、学校を休んでスウェーデン議会の前に座り込む「学校ストライキ」を始めた。毎週金曜日は気候変動ストライキを行う日として活動を続けたのだ。
 彼女の行動はソーシャルメディアを通して人々の注目を集め、多くの若者の共感を呼んだ。そして「未来のための金曜日(Fridays for Future)」として、世界各地の若者達が毎週金曜日に学校をストライキし、気候変動への対応を求めるグローバル気候マーチを始めた。2019年9月23日の国連気候行動サミットに先立つ9月20日(金)~27日(金)にかけて、世界各地の若者が「グローバル気候マーチ(Global Climate Strike)」に参加している。
 初日の9月20日金曜日には、若者が世界185カ国以上で学校をストライキし、マーチに参加したという。当日の発表では、参加者はオーストラリアで35万人、ベルリンで27万人、ロンドンで10万人、世界合計400万人だったそうだ。
「何が欲しい?(What do we want?)」「気候に関する正義(Climate justice)」
「いつ欲しい?(When do we want?)」「今!(Now!)」
と掛け声をあげながら、若者達がプラカードを掲げて街中を行進し、気候変動に対して一刻も早く具体的な行動を起こすよう世界に向けて訴えた。System Change (System change not climate change 気候ではなく、制度を変えよ)は資本主義のままでは気候変動は解決できない、新しい社会システムが必要という若者のメッセージだ。

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2030年までに気温上昇1.5度以内、CO2排出量半減が必須!

 ほぼ全ての国が2015年のパリ協定に署名と批准を行い、地球温暖化産業革命前を基準に2度より十分低く抑えることと、気温上昇を1.5度(既に1度上昇、残された幅は0.4度)に抑える努力を追求することを国際的に約束。世界の科学者は、地球温暖化が1.5度ではなく2度まで進むと気候に関連した影響とリスクが相当増加し、そのいくつかは後戻りできない(point of no return)であろうと結論づけている。その影響は不均一にもたらされ、2度の温暖化は既に存在する世界規模の不公正をより悪化させるであろうと。
 CO2及び他の温室効果ガスの排出の急速な削減を直ちに始めることが決定的に重要で、人類が将来に経験する気候の危機の大きさは、累積された排出量によって決まる。気候変動に関する政府間パネルIPCC)」の評価によれば、CO2の排出量を2030年までに(2010年水準)半減させ、2050年までに世界でCO2排出正味ゼロ(加えて他の温室効果ガスの大幅削減)が達成されれば、50%の可能性で温暖化が1.5度未満に収まると予想している。
 さらに先進国はこれまで多くの排出をもたらし、そこから多くの便益(収奪と言い換えてもいい)を得てきたことを考えると、先進国は世界全体と比べてより速やかに、この移行を達成する倫理的責任がある。抗議する若者の懸念は科学に裏打ちされたもので正当だ。指導層の大胆で集中的な行動がなければ、彼ら若い世代の未来は重大な危険にさらされる。そしてその実現は資本主義のもとでは絶対に不可能だ。資本主義は利潤を追求し、自己増殖を繰り返し収奪を繰り返すシステムだからだ。気候変動を食い止める残された時間は余りに少ない。

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最後に地球温暖化について簡単な啓蒙用の動画をリンクしておく。国立環境研究所  地球環境研究センター制作の動画です。子供向けに作られているようだが、信頼できる内容のものだ。

 

 

脱成長コミュニズムー『人新世の「資本論」』のすすめ

f:id:rainbowsanda170422:20210213155746j:plain 今回のブログはメインは「脱成長」というキーワードだ。失われた30年と表現される日本の景気低迷、マクロで見ると経済成長はできていない。果たして経済成長はしなければならないものなのだろうか。客観的に見て我々の生活は十分モノやサービスで満たされている。なのに私たちは幸福感がなかなか得られない。ひたすら日々働き、疲れ、自分の時間や大切な人との時間を奪われ、本来豊かであるべき人間性を犠牲にしている。特に日本人の働くことへの無批判の信奉は一層人々を労働に駆り立てる。
 さらに、無限の収奪を繰り返すグローバル資本主義は、地球に環境負荷を与え続けた結果、気候変動という地球環境そのものを破壊するところまできた。グローバル資本主義の危険性と終わりはもう見えているのではないか。経済成長でしか人々は幸せになれないのか。人類が目指す方向として〝System Change〟新たな経済システムを選択肢として真剣に考える時が来ている気がする。
 そんな時、斎藤幸平氏の『人新生(ひとしんせい)の「資本論」』(集英社新書に出会った。著者は1987年生まれの社会思想家。フンボルト大学で博士学位を取得し、権威ある国際的な賞を最年少・日本人初で受賞した華麗な経歴だ。NHKテレビ番組「100分de名著」でマルクスの『資本論』の解説を担当し、他の多くの媒体にも登場しているので、親近感をもっている方々も多いだろう。現在、大阪市立大学大学院経済学研究科准教授。タイトルの「人新世(Anthropocene)」とは、資本主義が生み出した人工物が地球を覆いつくした時代をいう。人間の活動の痕跡が、地球の表面を覆いつくした年代という意味である。資本主義が地球を壊しているという時代をさすものだ。以下、内容を紹介するが、web上の斎藤氏の対談、インタビューの記事を引用させてもらう。

f:id:rainbowsanda170422:20210221161335j:plain 本書の論旨は明快である。気候変動は地球に確実に危機をもたらす。気候変動の原因である資本主義を温存したままでは、どのような弥縫(びほう:とりつくろうこと)策も気候変動と危機を止めることはできない。資本主義の本質を見抜いていたマルクスもそのことを指摘していた。それゆえ、私たちは資本主義を脱して、エネルギーや生産手段など生活に不可欠な〈コモン〉を自分たちで共同管理する「脱成長コミュニズム」に進まなければならない。

 気候変動と資本主義の問題点を豊富なデータや研究により喝破してゆく迫力はすばらしい。「SDGs(持続可能な開発目標)」でも「グリーン・ニューディール(技術革新による環境保護と経済成長の両立)」でも、加速度的に進む環境破壊と温暖化は止められない。先進国で達成したかに見えても、そのツケは途上国に押し付けられるだけ。例えば電気自動車に必要なリチウムもコバルトも、途上国での貴重な水の浪費や環境汚染、過酷な労働を犠牲にしている。

 資本主義こそが、利潤のあくなき拡大を目指してすべてを市場と商品化に巻き込み、自然の略奪、人間の搾取、巨大な不平等と欠乏を生み出してきたからには、それを変えなければ、解決にならない。

 
●好書好日より引用 2020.12.03
『人新世の「資本論」』斎藤幸平さんインタビュー
 マルクスを新解釈、「脱成長コミュニズム」は世界を救うか
 
 気候変動問題の解決策をマルクスの新しい解釈をしながら論じた『人新世の「資本論」』(集英社新書)。著者の斎藤幸平さんは、人類の経済活動が地球を破壊する時代「人新世」において、現状のSDGsをはじめとした環境問題対策では問題の根本解決にはならないとしています。本書で解決策として提唱するのは「脱成長コミュニズム」。それは一体どういう概念なのか? 気候変動問題の現状、グローバル資本主義の限界とは? 斎藤さんにうかがいました。

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気候変動を日本で論じる必要性を感じた

▶人新世とはどういう時代でしょう?
 まだあまり一般的には使われていないので、難しそうなイメージを抱いてしまうかもしれません。地質学の概念なのですが、言わんとすることは単純です。人類の経済活動の痕跡が、地球の表面を覆いつくした年代という意味です。

 たとえば、地球のすみずみまで、人間が作った道路やビル、河川敷、農地などがありますよね。海に目を向ければ、海洋プラスチックゴミだらけ。大気には、拡大する経済活動のせいで、二酸化炭素が増え続けています。さらにはプルトニウムセシウムが飛んでいる地域もある。とにかくどこに行っても、人類の活動がなんらかの形で覆ってしまっています。

 これをどう見るべきでしょうか。人間が地球全体を自由に支配し操れる時代になったわけではありません。むしろ逆に人間が制御できないような、様々な自然現象が生じている。その際たる例が気候変動です。気候変動の影響で、スーパー台風、ハリケーン、山火事などの異常気象が発生しています。このまま放置しておくと、水不足や食糧危機などの問題が起き、生物の多様性が失われて、多くの場所が人間の住める地球環境ではなくなってしまう。そういう時代に突入しているということです。

▶︎日本でも近年台風や洪水などの異常気象が発生していますが、なんとなく他人ごとのように考えている人が多いように思います。しかしかなり喫緊の課題であると。

 他人ごとのように感じているのは、東京など大都市に住んでいる人が多いと思います。東京はインフラが凄く整備され、守られていて、水害の被害も少ない。仮にどこかで水害が起こったとしても、スーパーの食品棚に直ちには影響はありません。しかし地方では、農業を営む人たちは台風で収穫が台無しになるたび、危機感を募らせています。漁業を営む人たちは、獲れるはずの魚が獲れなくなっていることに気づき、すでに困っています。

 『人新世の「資本論」』では、他者の犠牲の上に成り立つ大量生産・大量消費型の社会を「帝国的生活様式」という用語を使って批判しました。日本などの先進国で暮らす人々は、豊かで便利な暮らしを送ってきました。スーパーやコンビニに行けば何でも手に入ります。しかし、それは途上国の人々の犠牲の上に成り立っているのです。

 資本主義は徹底的にグローバル化を進めることで、フロンティアを開拓し、そこで自然や労働者を搾取してきました。例えば、大量生産されるファスト・ファッションの洋服のコットンのためにインドの土地は疲弊し、労働者たちの健康は蝕まれています。そして、コットンを縫製するのは、劣悪な労働条件で働くバングラデシュの労働者たちです。しかし、それらは、遠い外国の話なので、その劣悪さは不可視化されてきました。しかし、グローバル化が行き着くところまで行き着いた結果、ついにフロンティアがなくなり、外部化する余地がなくなってしまった。だから、日本でも少なからぬ人が否定的な影響に直面するようになり、安い労働力として搾取されています。自然環境を痛めつけてきた典型例が気候変動ですが、日本国内でも異常気象による災害が起きています。このまま資本主義が続けば、ますますひどい事態になるでしょう。

 すでに多くの日本人は、おかしなことが起きていると感じている。でもこれまで通りのやり方を続けることしか知らないし、続けたいと思ってしまっている。そうじゃない別の道について、ほとんど誰も議論していません。私は今回の本でその見方を変えていく必要があるということを書きたかったのです。

 気候変動という「人新世」の危機の乗り越え方も、経済成長して技術を発展させ、その技術で対処するという考え方が主流です。しかし、経済成長が続く限り、二酸化炭素の削減は間に合いません。だから、資本主義による経済成長外の道があることを示さないといけないと思いました。欧州ではグレタ・トゥーンベリ(2003年生まれの環境活動家)たちが「新しいシステム」を求めている。そういう明確なメッセージ、つまり資本主義ではない別の経済システムが可能であることをこの本で打ち出せば、日本でもその考えに賛同し、行動してくれる人たちも出てくるんじゃないかと考えたのです。

晩年のマルクスの研究ノートにヒント

▶本書ではその状況の解決策として「脱成長コミュニズムが世界を救う」としていました。
これはどういう概念でしょう?

 最初に触れたように、「人新世」に人間は地球環境から収奪を繰り返し、このままでは後戻りできないところも越えてしまう。そのような状況で、これ以上成長をやみくもに追求することは不合理でしかない。たとえば、リニアを新しく建設して東京から大阪まで1時間早く到着できるようになり、1時間多く働けるようになったところで、人が住めない環境になれば意味がないわけですよ。害悪をもたらす成長や効率化を目指すのではなく、地球の特定の限界の中で生きていく。これが脱成長のメッセージです。

 脱成長というと一般には、清貧とか、貧困のイメージがあるかもしれません。しかし、むしろ経済成長を求め続ける間に、労働条件も、地球環境も悪化しているじゃないですか。むしろ、生活は豊かさを奪われる一方です。飽くなき成長を求める資本主義から脱出したほうが、99%の私たちは、豊かになれるはずです。

 資本の増殖に歯止めをかけるのは、資本主義にとっては致命傷なわけです。資本主義は絶えず膨張していくシステムなので、脱成長と資本主義の両立は不可能なのです。資本主義を超えるような社会に移行することでしか、脱成長社会は実現できない。その時に決定的に重要なのが、<コモン>(注:社会的に人々に共有され、管理されるべき富のこと)の領域を広げていくことです。資本によって独占されてしまったものを、もう一回人々のもとに取り返していくということです。

 今は一部のIT企業やその経営者があらゆる資産や知識を独占してしまっているわけです。彼らはものすごくお金持ちになっている。しかしそうした企業の倉庫で働いている人は不安定な生活を送っている。

 ありとあらゆるものを囲い込んで商品にしていく社会ではなく、そうした状況を解体していって、みんなで<コモン>の領域を再建したほうが、多くの普通の人たちの生活は安定していきます。つまり、教育、医療、家、水道、電気などのいろんなものを、市場の論理、投機・投資の論理から引き上げていく。みんなでみんなのものとして共有財産にしていく。<コモン>を広げていった社会がコモン型の社会、つまりコミュニズムということですね。そういう意味で、脱成長コミュニズムを提唱しています。

▶斎藤さんは晩年のマルクスを新しく解釈することで脱成長コミュニズムというヒントを得たそうですね。新たなマルクス・エンゲルス全集のプロジェクト『MEGA』の刊行が進んでいるそうですが、特にその中の新資料のマルクスの研究ノートに着目していました。どのような新しい解釈ができるのでしょう?

 今まで一般には、マルクスはこんなふうに理解されてきました。資本主義の発展とともに、資本家は労働者を搾取し格差が拡大する。資本家は競争に駆り立てられて、生産力をどんどん発展させていく。ますます多くの商品を生産するようになる。しかし、低賃金で搾取されている労働者たちはそれらの商品を買うことができず、最終的には過剰生産による恐慌が発生する。ついには労働者たちが団結し、社会主義革命が起こし、労働者は解放される。

 だから今は労働者は搾取されて貧しくても、資本家の独占を打破すればみんなが資本家のような生活ができるようになると考えられていた。そのためにテクノロジーをどんどん発展させていけばいいんだと。でもやっぱりそうはならないわけですよね。「生産力至上主義」でコミュニズムに到達したとしても、その生産が環境破壊を引き起こしてしまう。地球にかかる負荷は、コミュニズムでも変わらないわけです。

 そうなってくると、やっぱりコミュニズムでも、経済成長には、ブレーキをかけざるをえない。ところが、そういう発想は今までのマルクス主義からはまったく出てこなかったんです。

 しかし『MEGA』に収録される晩年のマルクスの研究ノートや手紙を読んでいくと、実はマルクス自身も単にテクノロジーを発展させていけばいいと考えているわけではないことが分かります。むしろ前資本主義社会の共同体が、いかに無限の資本の増殖欲求や構成員の間の支配・従属関係にブレーキをかけていたかを考えていました。そうした「持続可能性」と「社会的平等」の原理を、西洋社会においても高いレベルで導入しようと言っていたんです。それを今日風にいうと「脱成長型のコミュニズムに移行しよう」と読めるんじゃないかと思います。もちろんマルクスは脱成長という言葉は使っていないし、気候変動の問題を論じていたわけでもないんですけど。そういう風に読む可能性が十分開かれているということですね。

マルクスゲルマン民族の共同体、古代ローマアメリカの先住民、ロシアの農耕共同体といった、前資本主義社会の共同体に関心を持っていたそうですね。マルクスがそこに見たものとは何でしょう?

 昔の共同体の社会というのは、「無知だから生産力が低かった、働きもしなかった」と誤解されがちですが、そうじゃないんですよ。彼らはもっと働くこともできたし、もっと豊かになることもできたわけです。だけど、そういう豊かさを目指してしまうと、そこから富の偏りが生じる。すると富を持っている人たちが、持っていない人たちに対して、恣意的な振る舞いをするようになる。それを防ぐために、土地の所有や生産方法の規制といったルールを作ったり、宗教的な儀式を行ったりしていました。マルクスはそれを研究していく中で、共同体社会は平等で持続可能だということに気がついていく。

 今までのマルクス進歩史観、つまり無知な人類からだんだん賢くなって、最終的にコミュニズムに到達すると一番賢い、みたいなモデルじゃないんですね。実は資本主義より以前の社会は劣っているわけではなくて、むしろ「持続可能性」や「社会的平等」の観点からみると、資本主義よりも優れている。さらに資本主義で獲得された知識も使いながら、資本主義にブレーキをかけるために再利用していく。マルクスはそれを目指していたということですね。

▶そうした前資本主義社会の共同体にあったものが、先ほどのお話にあったコモンズだそうでした。今でも学べる点がとても多いとのことでした。

 生活に絶対必要なもの、たとえば農地、森林、河川の水も含めて、誰のものでもなかったわけです。みんなのもの、コモンズでした。一部の人が独占してしまったら、大勢の人たちが生活に必要なものを手に入れられなくなる。あるいは一部の人が独占してしまうことで、他の人たちを支配するようになってしまう。それを避けるために、みんなで管理していました。貨幣を持っている・持っていないか関係なしに、みんなが利用することができた。

 そういう意味で土地などは潤沢に存在していたわけです。しかし、資本主義が解体していった。ありとあらゆるものを商品化していく。私たちは本当に何にしても常に貨幣が必要になりました。ありとあらゆるものへのアクセスが阻まれていく。むしろ希少になっていく。そういう転倒した状態になっています。

豊かさの再定義、新しい価値観を作ること

▶若い世代は大量生産・消費の社会で、働きすぎることにしんどさを感じている人も多いと思います。また社会主義コミュニズムといった言葉に抵抗がなく、どちらかと言うと資本主義に対する違和感がある人も多いような気がします。今、世の中は変化してきていると思いますか?

 世界的なトレンドとしては間違いなくそうです。ジェネレーション・レフト(左翼世代)とも呼ばれる若い世代は、資本主義よりも社会主義のほうが好ましいと考えています。たとえば、アメリカのZ世代(Z世代とは1990年代半ばから2000年代の初めに生まれた若年層、ミレニアル世代は1981年以降に生まれ、2000年以降に成人を迎えた世代)の半数以上が社会主義のほうに肯定的な見方を抱いているという調査結果もあります。それはある意味で当然だと思います。安定した仕事はない。学生ローンはたくさんある。年金はもらえそうにない。気候変動でますますしんどくなっていく。このままのシステムを続けることで、いいことがあるとは思えない。そう感じる若い人たちが大勢いたとしても、本来おかしくないことです。

 ただその違和感をどう表明したらいいのか。どこに問題の本質があるか分からず、モヤモヤしている人たちがたくさんいると思うんですよね。そういう人たちにこそ、この本を読んでほしい。「人新世」という環境危機の時代に、資本主義の限界がきているんだということ、そこで脱成長のコモン型社会に移行していくことが、むしろ豊かな社会に繋がっていくんだという風に感じてもらえればと思います。

 もちろん生きていかないといけないから、資本主義というゲームに乗り続けなければいけない。でもどこかで相対化できるし、何かチャンスがあれば別の船に乗り移ることができるかもしれない。新しい社会の見方、もっと別の道を模索することもできるはずです。発想の転換ができるようになると、今の社会のしんどさもうまく対処できるようになるかもしれません。それは豊かさを再定義して、新しい価値観を作っていくことです。本来クリエイティブだし、楽しいことなんですよね。

 この本では何をすればいいかの具体的な項目をすべての分野にわたって羅列しているわけではありません。ただし、大きな指針は打ち出してあるし、現実の社会で、脱成長コミュニズムに向かって活動している人たちの事例も紹介しました。これを読んだあとは、一人ひとりが自分の現場で何ができるかを考えて、アクションを起こしてほしい。そういう試みが100あったら、そのいくつかは必ず成功するし、それをみんなが真似し始めたら、どんどん広がっていくはずです。この本で、そういう種をまけたという手応えを感じています。

 脱成長という概念は目から鱗。さらに〈コモン〉という考え方に立てば、資本主義では全てが商品化され利潤追求の材料にされているかが分かる。水、電気、医療、教育、介護、そして地球もコモンと言える。コモンという考え方は新しい視点を我々に与えてくれる。マルクスは誤解されやすいが、労働からの人間の解放を考え、資本主義が環境破壊を行き着くことを100年以上も前に考えていたことは驚嘆だし、人間の幸福を常に考え抜いたことに敬意と親近感すら覚える。若い人が唱える〝System Change〟はなされなければならない。気候変動は待ってはくれない。

◎斎藤氏が出演のYouTube動画をリンクしておきます。生トークで間違いなく面白くて新鮮です。出演者も多士済々で見る度に新たな発見があります。

 

当人もそう感じているぐらい、まったく意味がなく、有害ですらある仕事。人類学者デヴィット・グレーバーは、このような仕事を「Bullshit Jobs ブルシット・ジョブ(クソどうでもいい仕事)」と名付け、旋風を巻き起こしました。それに対し、他者の助けとなるようなものでありながら労働条件が劣悪な仕事もあります。資本主義は「無駄」をなくしたはずではなかったのか?何がわたしたちを"クソどうでもいい仕事"に駆り立てるのか? "クソどうでもいい仕事"から、いまの私たちの「労働」について考える内容です。コロナ禍で労働の意味が問い直されています。

それでもやっぱり自民党と思ってる人へ

 自民が勝つのには小選挙区という不公平な選挙制度があるからだ。政権選択ができる衆院選は、小選挙区289議席と比例176議席とに分けられている。このうち小選挙区は政権与党にとって誠に都合が良い。

f:id:rainbowsanda170422:20210221212605j:plain 2017年の衆院選で見てみよう。この選挙で自民党は2672万票獲得で289小選挙区で、得票率は48%だったが、議席では75%を占める218議席を獲得した。1議席を争う小選挙区制度では、第1党が得票率に比べて獲得議席数の比率が大きくなるが、死票も多くなる。今回も自民党の大勝を後押しした。小選挙区では、希望の党立憲民主党がそれぞれ18議席獲得した。得票数では希望が1144万票(得票率21%)だったのに対し、立憲は485万票(同9%)。希望は候補者が多かったうえ、接戦の末に敗れたケースも相次いだことから、得票の割に議席が伸びなかった。

 一方、政党名で投票する比例区(全176議席)は、自民が1854万票で得票率は33%。66議席を得た。立憲も1107万票を集め、得票率は20%で37議席。希望は966万票にとどまり、得票率17%で32議席だった。
 ただ、投票しなかった人を含む全有権者に占める自民の絶対得票率は、小選挙区で25%、比例区で17%。自民に票を投じた人は選挙区で4人に1人、比例区で6人に1人だったが、結果として全465議席の6割の218議席を占めた。自民の退潮傾向は明らかなのに、小選挙区制が自民延命を許している。
 小選挙制という不公平な選挙制度が問題なのだが、それを変えるにも有権者が投票に行くしかない。投票率が上がれば自民党に不利は明らか、ぜひ投票を。

f:id:rainbowsanda170422:20210221221827j:plain 菅自公政権PCR検査拡充や補償、補填なしのコロナ対応不備。緊急事態下の夜間の銀座クラブ通い。コロナ陽性なら上級国民扱いでいの一番に入院。あらゆる差別を禁じる五輪に森五輪会長の女性蔑視発言のおバカなパラドックス。極めつけは首相の長男の総務省幹部違法接待。上げればきりがない。国民生活を犠牲に政治私物化で役立たずの統治能力ゼロの菅自公政権。国民の命と暮らしがかる政治に、これだけ無能としかいいようのない自公政権に、また託しますか。

政権交代でしか、この国はまともになれません!